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「 春隣」・・・春の訪れをより深く感じるための視点

日本語には花鳥風月という美しい熟語があります。

花鳥風月・・・自然の美しい景色。また、自然の風物を題材とした詩歌や絵画などをたしなむ風流にもいう

我々人間は、時にこのように自然・四季・芸術などに触れることで、様々な感情を引き起こしたりしながらその素晴らしさに浸ります。

 

今回から新シリーズとして、自然や芸術関連にまつわる記事もサポートメンバーの力を借りて書いていこうと思います。

 

第一弾は、四季の中の春について。

春の訪れを自然の中の植物などからも感じることできるお話。

そして、少しためになる情報も交えながら解説していきます。

 

先人の素晴らしき知恵「二四節季」

 

2月4日は立春ですね!暦の上では春なんです!

一年を15日ずつ、24等分にして作った「二四節気」という言葉があります。

 

2月4日は、その二四節気の中の「立春」です。

「春分」とか「夏至」というのも二四節気のひとつです。

旧暦は、この「立春」を一年の始めとして、決まり事や季節の節目をこの日を起点に計算しています。

 

一言でいえば、「今日から春ですよ」ってことです。

八十八夜、二百十日などもここから数えます。

 

だれもが、「えっ? こんなに寒いんだよ!まだ冬だろ!」と思うでしょう。

でも、周りを見回すと日々の生活の中に、少しずつですが春の気配があちこちに立ちこめています。

いつ稲の種を蒔いたらいいのか?いつが一番寒いのか?そういうことを昔の人は考えて24種類の言葉を生み出した、というわけです。

 

 甘い香りが春を近づける ロウバイ、スイセン

 

通勤途中の行き帰りや、サークルの帰り道、習い事の道すがら、ふと、どこからか、花の香りがしてくるのがこの季節です。

それでは、春が何処まで近づいているのか考えてみましょう。

 

半透明の蝋細工のような「ロウバイ」は、冬の冷気の中で、柔らかな甘い香りを放っていて、もうすぐ花の季節になるという、気持ちを抱かせます。

また、枯れ落ち葉のなかに凛とした「スイセン」が可憐に咲き、やはり甘い香りを放っています。

 

ロウバイは、唐の時代に日本に渡来した花で、スイセンもスペインやポルトガルを原産地としますが、やはり中国を経て日本に来た花です。

いかにも日本的だなぁ、と思わせるのが不思議です。

家々の垣根から紅梅や白梅の枝が歩道へ飛び出して、可憐な花を咲かせているのも春が直ぐそこまで来ていることを感じさせます。

 

春の訪れを示すたくさんの季語

 

バレンタインデーの頃は「光の春」という季語がぴったり

 

俳句の世界に、「春隣(はるどなり)」という季語があります。

まだ冬なのに、春が家々が並んでいるかのように隣り合わせだよ、という意味なのでしょう。

春の温もり、春の香りがほのかに伝わってくる気がしますね。

 

また、「春近し」「春待つ」などの季語もあります。

中でも「日脚伸ぶ」(ヒアシノブ)という季語がこの時期にぴったりでステキですね。

日々少しずつだけど、陽の照る時間が長くなるという意味です。

クリスマスの頃は、午後四時半くらいには、薄暗くなってしまっていたのに、この頃は、日に日に明るい時間が長くなっていくのを実感できます。

 

北国では、屋根の雪が少しだけ溶けて、溶けた一滴が日に輝いて落ちる「光の春」という綺麗な季語もあります。

「光の春」は若い女性達の心ときめくあのシーズン、バレンタインデーの頃でもあるのです。

身体が少し温かくなってきます。

 

あらゆる生き物にとって、冬はとっても大切!

 

「冬」ということばは「殖ゆ」に由来します。

殖ゆは増えるという意があり、冬は最もエネルギーを持っているというものなのです。

花はおろか葉も落ちきっているのに、木々の冬芽には全てが詰まっています。

エネルギーがドンドンと増殖していく時期なのですね。

そして、その冬芽は大きくなり、殖え続け、はちきれんばかりになります。

 

そして「春」は「張る」でもあるのです。

殖えて、殖えて、もうこれ以上にはならないという状態を言います。

蕾が日々大きくなるイメージですね。

 

さらに「咲く」は、「柵」とか、「割く」「裂く」などとも書くように、もうこれ以上行くことが出来ない、行き止まりの状態を指します。

 

冬に増殖して、ぱんぱんになり張ってくる。

そして咲くことになるというのです。

サクラもこういう言葉と関係を持っていることが想像出来ます。

 

エネルギーを貯める冬、そのエネルギーで一杯になって張った状態になり、ぱんぱんになり咲く・・・関係はひとつに繋がっていました。

 

生き物には、冬が一番大切かも知れません。

 

春を待つ 日本人の四季に対する柔らかい感性

 

日本語を少し探ってみたり、語源を辿ってみたりすると、私たちの先祖が考えたり、思っていたことが少し解ってきます。

冬が寒ければ寒いほど、春を待ちわびる気持ちは強くなります。

毎日が、いくら寒くても、春はやってきます。

 

「春を待つ」というのは、今辛いことや苦しいことがあって大変でも、きっと改善されますよ!という祈りにも近い感情です。

昔の日本人は、そういう想いで、春を待ち、春を謳歌したのでしょうね。

 

日本人は春そのものも大好きですが、少しずつ春に向かって行く。

その課程である、「春を待つ」と言う希望や、期待にも通じるこの言葉も大好きな国民なのでしょう。

 

冬芽・・・小さな芽の中に、葉も花も全て詰まっている

 

画像は、この時期のドウダンツツジの冬芽です。

この芽の中に、あの猛烈な日本中を緑に変えてしまう、葉っぱも可憐な花も、全て詰まっています。

 

何気ない日常で季節感を感じる歓び

 

一見ありふれていて、同じ事の繰り返しのように思える日々ですが、実は、同じ瞬間は無いのであって、立ち止まって空を眺めたり、近くの公園でしゃがんで、土の表面を観るだけで、思いも掛けない変化を見つけるかも知れません。

 

小さな事かも知れないが、季節を感じる歓びには違いありません。

季語を知ることで、私たちは四季のデリケートな移ろいを目の中に入れ、心の中に置くことが出来るのです。

まとめ

 

「臘梅をポケットに入れバスが揺れ」(川崎展宏)

という有名な俳句があります。

どういう句か、鑑賞してみましょう。

 

ロウバイの枝をポケットの中にいれて、バスに乗っている。

作者は、揺れるバスの中で車外の景色を眺めながらも、「もうすぐ春が来るなぁ」と感じています。

それも自分だけ微笑むように、希望にも似た気持ちで春を待っています。

今まさに「春隣」です。(destael2016)

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