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分かっているつもりの日本の【数字】を深く読み解く

解らないことでいっぱい!日本人、数字のしきたり。

日本には数字に関するしきたりがあるようです。

その話を聞いていると、なんとなく分かりそうですが、深く考えることが少ないものも多々あります。

 

知ってたつもりから、詳しく知っている!!へ・・・。

なかなか難しい数字の世界へ行ってみましょう。

当たり前に使われ、選ばれる数字たち

 

日頃から何気なく使っている「数字」と「数の単位」は、数量を表す言葉だけでなく、長い間日本人が考え抜いてきた伝統に基づいた意味が込められています。

畳一帖の「一帖(いちじょう)は、かつての日本の成人男子が横向きに寝られる広さを基準に決められています。

その畳を二つ合わせれば「一坪」ですが、これも成人男子が生きていくのに必要な1日分の稲が採れる耕地の広さが目安になっています。

 

日本人は、言葉には霊魂が宿ると考え、言霊(ことだま)の国としてその音(おん)や意味から「二」や「四」を忌み嫌うような傾向があります。

大きな病院の「401号室」が無かったりと、今でもそういうものが残っています。

また、逆の捉え方として「7」はラッキーセブンとも言われ、縁起が良く捉えられていますよね。

短歌は一首、俳句は一句

たとえば、なぜ短歌は一首、二首と数えるのか

俳句は一句、二句というのに、短歌は、一首、二首と・・・厄介です。

 

「首」は本来、中国の漢詩を数える単位です。

「首」という文字は、物事の要、始まりを意味します。

中国では、漢詩があらゆる文芸の中で最も重要なものと位置づけられていました。

その感覚がそのまま日本に伝わります。

 

古代から中世、近代と日本の文芸の中心は、圧倒的に和歌(短歌)でした。

一首、二首はその影響からです。

小説という字も和歌に遠慮して出来た言葉だろうと思います。

 

にぎり寿司は一貫、二貫と数えます。

重さの単位としての一貫は3.75kgですが、やはり語源はここにあり、長い時間をかけて今の表現になっていきます。

語源を辿ると、日本人の知恵や考えが見え隠れしてきます。

奇数は「陽」、偶数は「陰」

 

古来から、奇数は、神聖な数字と見なされ「陽」と考えられてきました。

反面偶数は「陰」とされ、縁起の良い数字ではないとされます。

ちょっと意外です。

しかしこの両方が補完しあい、新しい価値を作るという考えもありました。

 

神社へ参拝の基本は「二礼二拍手一礼」ですよね。

でも何故か?日頃考えたことはありません。

 

実はここにも日本人が古代から信じていた「数」の信仰があります。

なぜ2回なのかというと、陰と陽の二対を表すとともに、尊ばれる奇数では無く、偶数を用いることで神では無く、人間が祈りに来たことを伝えるためだと言われます。

神を崇めるという意味です。

 

他にも「二の舞を演じる」、美男子を「二枚目」といい、「二の足を踏む」、「二の句が継げぬ」など2にまつわる故事成句はたくさんありますが、由来には永い歴史が刻まれています。

 

2だけではありません。「三三九度」も「三途の川」も気になります。

「石の上にも三年」はなぜ3なんだろう。

「人の噂も七五日」も、相撲取りの「四股」の4はなんだろう。など切りが無いのです。

しかし、昔の日本人が考えた結果の数字だということは間違いありません。

 

「四苦八苦」の「四」は「生老病死」です。

人間にとって最も苦しいものです。

「八苦」は、愛する人と別れる苦しみ「愛別離苦」で、恨んだり憎む人にある苦しみは「怨憎会苦」といい、求める物が得られない苦しみは「求不得苦」などというように。

 

仏滅?赤光?先負?・・・「六曜」は迷信だけど

結婚は大安吉日に、葬式は友引を避ける、というあの「六曜」は、先勝(せんしょう/せんがち)、友引、先負(せんぷ/せんまけ)、仏滅、大安、赤口(しゃっこう)という6つの日があり、それぞれの日の吉凶が決められています。

 

大安が一日中吉なのは知っていますが、友引は昼のみ凶、先負は午前が凶、というふうにややこしいです。

 

中国から伝わって、江戸時代中期に日本中に広がっていきます。

明治に入って、六曜は「迷信だ!」ということで明治政府から指弾されますが、復活を遂げました。

 

占いや迷信が、かえって今の人にウケたのでしょう。

しかし地方では根強く信じられているし、重要視されています。

このあたりは善し悪しです。

 

また、「どっこいしょ」の語源ともなった「六根清浄」だとか、「海千山千」、「八百長」「一か八か」もどこからきた言葉なんだろうと、気に掛かります。

 

 

皇室の紋はなぜ「十六葉八重表菊型」になったのか?

「十八番」はなぜ得意技をいうの?そしてなぜ「おはこ」と読ませるの?など数字に関わる不思議は無数にあるように思います。

ちょっと時間が持てたとき、こういう疑問を解き明かしてみると、私たちの先祖が考えていた世界観が理解出来るかも知れません。

数に込めた日本人の心

 

日常生活に接する「数の不思議」は多くあります。

やはり日本人が、数字の持つ明るいイメージ=奇数と、暗い数字のイメージ=陽、を持っていたからです。

 

日本人の育んできた、知恵と伝統がもたらしものです。

それらをただ古くさいといって、切り捨てないでなぜそうなの?と思うことで、奥深い生活の知識と教養が育まれることも忘れてはいけないように思います。(destael2016)

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